2025年10月11日(土)
きょうの潮流
天から役割なしに下ろされるものはひとつもない―▼アイヌ施策推進法の取材で北海道日高地方に訪れた際、平取アイヌ協会元副会長の木村二三夫さんが決め言葉のように引用した格言です。アイヌ語を表す文字文化がないため、口頭で伝承されました。「カントオロワ ヤクサクノ アランケプ シネプ カ イサム」と▼世の中で存在するすべてのものには必ず役割があり、無用な人、無駄なものはなく大切にするということです。自然界には、いろんなカムイ(神)がいて、山も川も海も誰の所有でもなく壊してはいけないもので、人間も自然の一部として生かされている。これが先住民族の世界観です▼木村さんが小学生の時でした。50人のクラスのうち5人がアイヌ。他の和人の子はすでに優越感を、木村さんらは劣等感を植え付けられていた、と振り返ります。「アイヌは多毛の民族です。学校の身体検査が苦痛で嫌でした。毛をひっぱられたり、『アイヌ』とはやしたてられたりしました」。父は何も語らず、母親も「アイヌの話はもういい」が口癖で強制同化政策に沈黙させられてきました▼木村さんは国連の先住民族の権利回復の流れに励まされて、「先住民族であるわれわれが肩身狭く生きなきゃいけないのか」と和人による盗掘遺骨の返還活動に「役割」を見いだしています▼推進法の施行から6年。明治以来の同化政策の誤りを認め、奪った土地や言葉などの権利回復へ向き合うことが、日本政府に課せられた「役割」です。