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2025年6月1日(日)

きょうの潮流

 その碑は湖のほとりにありました。木々のそよぎと波音に耳を澄ませているようなたたずまい。福島県郡山市の開成山(かいせいざん)公園内五十鈴(いすず)湖。作家・宮本百合子(1899~1951)の文学碑です▼こおりやま文学の森資料館で開催中の百合子展を見たその足で碑を訪ねました。碑文には17歳のデビュー作『貧しき人々の群』の一節〈どうぞ憎まないでおくれ。私はきっと今に何か捕える。どんなに小さいものでもお互に喜ぶことの出来るものを見つける。(後略)〉▼作品の舞台は、福島県典事だった祖父が尽力した安積(あさか)開拓でできた桑野村開成山。百合子は東京生まれですが、幼い頃からこの地で過ごすことも多く、小作農の暮らしに心を痛めていました▼獣の巣のような暗く汚い家の中で、芋を奪い合う3兄弟。村中を徘徊(はいかい)し、むしろの上で寝る「善馬鹿(ぜんばか)」。その息子の、言葉も知らないうつろな目。重い肺病の娘を見捨てる酒飲みの父。病を苦にして首をつった正直者の新さん▼少女の目は現実を冷徹に捉え、傷つきながらも彼らとつながり救い出したいと模索を続けます。〈私は彼等に衣服をやり、金をやり、食物をやり、同情した。が、それ等は、彼等の一生に対してどんな意味があるのか?〉▼後年、百合子は〈この小説の中には(中略)作者の全生涯を貫くであろう人生と文学に対する一つの基調が響いている〉と記しています。社会そのものの変革への志。その原点の地は、初夏の水辺を楽しむ人々の明るいさざめきに満ちていました。


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